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なんかいい思い出

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  友人家族に誘われて、近場のキャンプ場にふらっと泊まりに行ってみた。やっぱり、キャンプはいいねと思った。夜の空気も、目覚めの気分も、心地が良い。GWは家に籠り、どこにも行くつもりがなかったので、この頃は子供たちからも「どこかに連れて行ってくれよ」と、強めの要求を受けていたこともあり、今回のお誘いはちょうどありがたいタイミングだった。 妻や息子は定期的に「キャンプ行きたいね~」と言うのだが、僕はいつも自宅の庭のハンモックに寝転んで本を読んでいる(これでだいたいキャンプの心地よさを(疑似的に)味わっている)。「それなら庭にテント張って眠れよ」と、キャンプに行きたがる妻と息子には答えていた。人気のキャンプ場は隣りのテントが近すぎてまるで住宅街だ。「わざわざ人混みに、何をしに来たのだろうか」などと虚しくなりそうで震える。 そういえば、毎週末のようにキャンプ行ってたのいつだっけ?と思って、写真を色々と探してみたのだがアレは2020年の夏の頃であることがわかった。あれから3年も経っていることに気付き、まさか!?と思い5歳の娘に聞いてみたのだがやはり彼女の記憶には残っていなかった。少し寂しくなった。 その風景は忘れても、それが「楽しかった」という感情は忘れない。さすがにもう忘れることはないだろう、あの頃より少しだけ大きくなった彼女にとって、なんかいい思い出になることを願っている。

ボヤけた花を

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  99歳が言葉で振り返る99年を記録に宮崎まで。既に祖父や祖母と別れた私には、とても貴重な時間となった。 道中、ふらりと立ち寄った神社、洞窟の中の本殿を見上げたとき、ずっと昔に、ここを訪れたことを思い出した、いつの記憶かは不明だが、その日はきっと賑やかで、色んな匂いが散らかっていた。 先日もラジオで少し話したのだが、戦争経験者の話を聞いてなおさら、現在を”戦前”と呼ぶことを辞めようと思った。そういえば【「空気」の研究 / 山本七平】にも書かれていたのを覚えている。”太平洋戦争のまさに末期、日本海軍の切り札、戦艦大和が撃沈されることは、明々白々であるにも拘らず出撃の決定をなさしめたのは人ではなく 「空気」である” その”空気”こそ、現代で”認知戦”と呼ばれているソレなのだ。ワクチンもマスクも、それらが巧く絡み合って作り出されている。偶然ではない。”協調性”という言葉を神様みたいに大切にする国民にとっては相性が悪すぎる。 私は、永遠に、戦後を生きていたいだけだ。 ボヤけた花を、ぼんやり愛でていたいのだ。 などという、インスタグラムからの転載。あっちは消えてゆく感じがして、残したい”気分”はコチラに。という、思い付き。

病気なのだろうか、、、

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今年、42か、43になる。正直、自分の年齢とはいえ同い年の妻や友人に聞かなきゃ覚えていられない。自分にとっての年齢なんて、そんなものなのだろう。改めて、なかなか生きたなと思う。近頃は、(そこそこいい年だし)昔ほどツッパっているつもりは無かったのだが、とある方から「幼い」と言われた。これまでなら「うるせえわ」で済んでいたのだが(←確かにツッパてるわ)、今回はなぜかハッとした。誰かに何か言われて、素直にソレを受け止められることがやけに心地良く思えた。病気なのだろうか、、、

厄がなんたらかんたらつって、空港の寒いあそこにて

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以下いつかのSNSより引用。今日の”ちょっと喋りたいこと”は下部。 --------------------------------------------- 2023年1月27日-2月09日、 鹿児島空港をご利用の皆様へ ギャラリーにて展示中のそれは全て、 私の”写真”とモンチの”木工”です。 タイトルは「牙を剥いた前厄は本厄で噛み付き後厄で咀嚼する展」となっておりますが思い付きで命名した為、特に深い意味はなく、意味もよくわかりません。 そもそもこの場所を紹介してもらってから展示までに予約の関係やコロナの都合上、丸2年掛かったのだ。長かった。正直、忘れてた。2年前、モンチと「生きていたらやろうか」などと語ってはいたが案の定、死なずに今に至ることが出来て(忘れてたとはいえ)どちらかと言えば嬉しい。とはいえ思えば、なかなか洒落にならん2年を過ごしてきた気がする。 とはいえ思えば、 そんな日々を一生過ごしている気もする。 ここには1981年から現在に至るまで、 特にこの2年間に「写したもの」と「創ったもの」を展示させて貰います。私たちは、こうして生きている。 たとえ、世界が混沌の絶頂にあるとしても #鹿児島空港で繋がりたい #飛行機にまたがりたい 追記 写真に写っている「あやとりの技」みたいに、真顔でマスクを取る男こそ、モンチである。 #あやとりの技 二人展 「牙を剥いた前厄は本厄で噛み付き後厄で咀嚼する」 モンチ(WAGO Creation) / 山下冗談(高江未来学校) --------------------------------------------- つって、ヤッているのだがな。期間中、SNSでメッセージが届きます。感想や購入希望の方や、様々なのですが、とても感激している。俺の写真なんて、買わなくてもいいよ、盗んでください。もしも盗むのが憚られるのなら、友達になってください。一緒に何かしましょうよ、 この写真は、予定にはなかったのだが空港に展示してある。”予定になかった”のは、 以前、西俣文学主催の”たてて展”in coffee innovateでコレを展示したことがあるからなのだが、不意に「ま、いいか」と思って最後の最後で壁に貼った。予定には無かったのだが、どうしてもコレが必要な気がした。 幸い、こちらの写真の右端に小さく綴られてい...

他作自炎、ふふふ。

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先週、親愛なる友人が出場した「全日本シニアバドミントン選手権大会」を撮影するために愛媛に行ってきた。初めての愛媛、狙いを定めた道の駅にて(まさかまさかまさか、美味しくなかったらどうしよう、、、と)震える指先を見つめながら口に運んだミカンの甘さは、生涯、忘れないと思う。もちろん、愛媛ではミカンの美味さと同じくらい友人の活躍にも興奮した。勝ち進むごとに現れる癖のある難敵を、経験と技術とひらめきで退けるその様はスポーツに収まらず、その人の人生そのもののように思えてきて感情移入に拍車が掛かる。1日目、2日目を終え、最終日まで勝ち残り、決勝で惜しくも敗れて2位でフェニッシュしたのだが(シングルス・ダブルス共に)、毎晩ホテルに帰って泣いたよ俺は。毎日、感動して、毎日、明日も頑張るぞと気合を入れて。それにしても、やはりトップレベルの連中が技を磨き、シノギを削り、限られた枠を争う闘いは眩しい。学ぶべき姿がたくさんあり、背筋が伸びる、泣いてばかりじゃ居られない、シャッターを押す指先がしっかりと目の前の物語に触れられるよう鍛えねばな、と改めて思う。 そんな日々を過ごし、 鹿児島に帰ってくるとSNSに異変が起きていた。 鹿児島ではこの時期の風物詩とも言える「ash」という祭典が絶賛開催中で今年の俺もそれに少し関わらせてもらっているのだが、 「山下が失踪した」「山下が来ない」「山下いい加減にしろ」「山下ほらねヤルと思った」「山下そうじゃなきゃ」などなど、お叱りや野次や励ましの声が文字や音となり俺の携帯電話に飛んでくる。「冗談、探されてるよ」と直接自宅に来てくれる友人もいる。 昨日送られてきたメッセージには動画が添付されていて、いよいよ(別場所の!)他人様の!トークショーにおいても!ヤツらは!「山下が来ない!」というイジりをカマしていた!(絶対に滑っているはずなんだ!) 愛媛に発つ一日前に抜いたオヤシラズの傷は完治し、 顔の腫れは治まった。Wカップの日本代表も(ほぼ)終わった。 俺も逃亡騒動への便乗を終える。 【ROAD TO 鴨池球場 in ash2022】 ぼちぼちイカせてもらいます。

third way

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若い頃に世話になった兄さんが死んだ。facebookに奥さんが綴った短い文章だけで、原因や状況は把握出来ていないのだが、今はそれでいい。死んだ理由も、死に方も、知りたくない。でもMizkさん、そりゃねえぜ。またいつか絶対に会いたかった、家族で会いに行きたかった、面白い息子と、可愛い娘も、あなたの風に触れさせたかった。光の中で、また僕らの写真を撮って欲しかった。これ以上、書いたら泣けてくるからヤメておく。爽やかに、この世界にはもうMizkさんが居ないことを覚えておく。本当にありがとうございました、僕の生き方には絶対にあなたの存在が効いています。嗚呼、Mizkさんの声も好きだったなあ

何のためにやるのかはさておきこの楽しい時間が大好きなのだ。

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俺は好きな本読んで、好きな音楽聴いて、好きな人と愛し合って、それでいいんだ、めんどくさい。などと思うことは近頃そう多くはない、いつだってそう考えていたのに、そうでもなくなる。父親という役割は人生に大きな変化をもたらす。とはいえ、こちとら根っからの「俺」である。念願のポッドキャストはじめました。 何のためにやるのかはさておきこの楽しい時間が大好きなのだ。 「わかまつごうなら良かったのに」